善福寺川緑地~和田堀公園を散歩写真でご案内。ほぼ毎日出かけます。毎日撮しても新しい発見があります。これは感動です。桜・芙蓉・百日紅・紅葉・鳥たちも。季節ごとの移り変わりを日々の写真でお楽しみください。


by snagai64
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街あるき十条(5月16日) ⑥

 千鳥饅頭物語  その二

  西日本新聞の「千鳥屋特集」によると

  「千鳥屋」の創業は「寛永七年・1630年」佐賀においてである。

  (寛永年間は家光の時代;島原の乱、寛永の大飢饉が起こる)


  我が家の奥様より聞いた話だが、「和菓子」は「茶道」につきものとのこと。

  「お茶席」は我が国では重要な「社交の場」であったのだ。

  現在に続く有名な「和菓子」は「武家や公家」の伝統を受け継ぐものだろう。

  
  さて「佐賀」で創業した「千鳥屋」は石炭産業で賑わう「筑豊・飯塚」に移ってきた。

  明治の御代、石炭成金やそれに伴う商人が財をなし、「遊郭」はもちろん

  上品な「お茶席外交」も盛んになったに違いない。


  実は飯塚には「千鳥」のほかに、割と有名な「ひよこ」も盛業だったのだ。

  「千鳥」が先か「ひよこ」が先か知らないが、私のいた頃は、両者繁盛していた。

  (もちろん貧乏で「ひよこ」も口に出来なかった。)


  時は移り・・・

  「産炭地」は寂れ、我が家も一家あげて「筑豊」から「千葉」へ移住することに。

  驚くことに・・・

  「ひよこ」も、少し遅れて「千鳥」も「関東」~「全国」へ販路を広げたのである。

  「千鳥」が「佐賀藩」の下を離れ「産炭地・飯塚」に本拠を移した「DNA」は

  生き続けているのだ!!

  
  「千鳥屋」の看板を見るにつけ、「筑豊」から「関東」へ移住した我が家、そして

  私の人生に「勇気」を改めてもらうのだ。

  
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by snagai64 | 2016-05-18 12:14 | まち歩き写真